2010年11月03日

一山の全てが境内のような百済寺(親睦会旅行その3)

一山の全てが境内のような百済寺(親睦会旅行その3)01

親睦会の日帰り旅行で滋賀県へ。
二山目の金剛輪寺の次は『百済寺』。

小腹も空いてきましたが、元気回復・・・。

一山の全てが境内のような百済寺(親睦会旅行その3)02
でも・・・元気よくのぼり始めた二人は・・・

一山の全てが境内のような百済寺(親睦会旅行その3)03
『なだら坂』へと消えてゆきました(^^)。

一山の全てが境内のような百済寺(親睦会旅行その3)04
弥勒半跏石像 (みろくはんかせきぞう)

一山の全てが境内のような百済寺(親睦会旅行その3)05
遠くに仁王門 (におうもん)が見えてきました。

一山の全てが境内のような百済寺(親睦会旅行その3)06
一山の全てが境内のような百済寺(親睦会旅行その3)07
ここにもある大きなわらじ。
わらじは、『仁王様のお力を表し、「このような大きなわらじを履くものがこの寺を守っているのか」と驚いて魔が去っていくといわれている。』とか。

一山の全てが境内のような百済寺(親睦会旅行その3)08
推定樹齢430年の観音杉。
山内最大で、樹高:〜50m。

一山の全てが境内のような百済寺(親睦会旅行その3)09
余韻の長さと音色の美しさから、昭和の名鐘と言われている梵鐘。
本当によい音色でした。

一山の全てが境内のような百済寺(親睦会旅行その3)10
千年菩提樹 (せんねんぼだいじゅ)

「釈迦山百済寺」は聖徳太子の篤き思いにより、山号に「お釈迦さま」の名を頂いた唯一のお寺です。
この菩提樹は、山号にちなんで古来より「仏陀の聖樹」として崇められ、旧本堂(石垣上の遺構)の前庭であるこの地に植えられてありましたが、天正元年4月7日に、惜しくも信長の焼討ちに会い、幹まで焼揖致しました。
幸いにも、熱が根にまで及ばなかったために、幹の周囲から再び甦って今日に至っております。中央の空洞部(直径約80p)は、焼討ち当時の幹の直径に相当しております。
お釈迦様の「永遠不滅の教え」と「生命の偉大さ」をこの樹が身をもって「生きとし生けるものに幸せあれ」と私達に教えてくれているようです。
 〜千年菩提樹の看板より〜 

一山の全てが境内のような百済寺(親睦会旅行その3)11
ようやく下山。(本当に下山と言う言葉がピッタリ。)

庭園を散策しようと入り口に立ったところで長女から携帯が。
残念ながら今回は見られずじまい、次回のお楽しみと言ったところでしょう。

さ、時間がかなりおしております、次はいよいよ昼食です。。


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  税理士・ITコーディネータ 川中重司
posted by 福井県は鯖江市の税理士 at 13:52 | Comment(2) | TrackBack(0) | ・徒然なるままに
この記事へのコメント
大変素晴らしい百済寺をはじめとしたお写真を拝見しました。有難うございます。

宵お寺、よう景色、すばらしい環境、心が洗われる様な感慨を覚えます。

ひとことと思いしたためました。

2010/11/03  森の達人
Posted by 森の達人(大森) at 2010年11月03日 15:18
森の達人さん、こんにちは。
ご丁寧なコメントありがとうございます。

西明寺・金剛輪寺・百済寺を巡ることを、『湖東三山巡り』と言うと父に教えられましたが、そんな言葉が有るとおり、多くの人々を魅了してきた場所だと感じました。

そんな魅力が表せていない拙い写真ですが、良いところかな?と感じていていただければ幸いです。

ありがとうございました。

Posted by 川中重司 at 2010年11月03日 21:52
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